2015年11月第一週
第41回:思いやりの心で誠実に〔経営の原点の第11条〕
稲盛経営12か条の11番目です。商いには相手がある。相手を含めてハッピーであること。皆が喜ぶこと。
稲盛は、経営は「思いやりの心で誠実に」行うことが大切だといい、次のように説明しています。
『この思いやりとは、利他の心とも言い換えることができます。つまり、自分の利益だけを考えるのではなく、
自己犠牲を払ってでも相手に尽くそうという、美しい心のことであります。私は、ビジネスの世界においても、
この心が一番大切であると考えています。
しかし、思いやりや利他など、弱肉強食のビジネス社会では実現は難しいと考える方も数多くいるでしょう。
そのため、ここで「思いやりの心」が経営の世界でも大切であり、情けは人のためならずというように、
その恩恵はめぐりめぐって自分に帰ってくることを、私が体験したひとつの例を通じて示してみたいと考えております。
今から20年ほど前のことですが、私はAVX社がコンデンサーの世界的メーカーであることから、
京セラが総合電子部品メーカーとなるために必要だと判断し、当時のAVX社会長に買収を申し入れたのであります。
先方の会長も快く承諾してくれて、買収に当たって、「株式交換」という手法をとることにいたしました。
つまり、当時ニューヨーク証券取引所で20ドル前後であったAVX社の株式を、5割り増しの30ドルと評価し、
その株を同じニューヨーク証券取引所で取引されていた、京セラの株式、当時82ドルと交換することを決めたのであります。
ところがすぐに、その会長から、AVX社の株式のレートが30ドルでは安すぎるから32ドルにしてほしいという
申し入れがあったのです。
私どもの米国統括会社の社長や弁護士は、そのような申し入れには真っ向から反対でありました。
しかし、先方の会長からすれば、株主への配慮から1ドルでも高くなるよう要求するのは当然と考え、
私はその要求に応じることにいたしました。
ところが、株式交換の日が近づいたとき、ニューヨーク証券取引所の平均株価が下落し始め、
京セラの株も10ドル近く値下がりして72ドルとなったのであります。
それをみた件の会長から再び連絡があり、一旦決まった京セラの交換株価レートを82ドルから72ドルに変更してほしいという申し入れがあり、私は、再度の不利な条件変更にも応じました。
買収や合併とは、全く文化の違う企業同士が一緒になることであり、いわば、企業間の結婚のようなものであります。
ならば、最大限に相手のことを思いやる必要があると考えただけのことでありました。
結果、買収終了後、京セラの株価は右肩上がりに上昇し、AVX社の株主は大きな利益をえて喜ばれ、また、
買収後もAVX社も成長を続け、ニューヨーク証券市場に再上場を果たし、京セラも多大な利益を売ることができたのです』。
このお話は、稲盛流経営が古今東西、通じる経営手法であることを示しています。
孔子は、弟子に人生で一番大切にしなければならないのは何かと聞かれて「それ恕か、己の欲せざるところ人に施すことなかれ」
といい、恕(思いやり)の大切さを強調しています。稲盛は現代の孔子とも言えるのではないでしょうか。